妹の苦難



    僕は思わず目をこすった。
    そしてもう一度空を仰ぎ見た。――何もないと認識したハズの空を。
    それでも僕は懲りずに何度も何度も空の世界を覗く。
    でもこの世界の空には何も無いんだ。僕にはまだこのことが理解できないでいる。
    そう、この世界には空がない。――あの、広くて青い大海のような澄み切った空が。
    僕には、まだ信じられない。空のない世界なんて。

    もう一度整理してみよう。
    まず、僕の名前は?
    知らない。僕は自分の名前を知らない。
    ……じゃあ、僕はどうしてこんな空のない世界にいる?
    僕は地球という星の日本という国で確かに生きていたはずだ。
    わからない。どうして僕はこんなところにいるんだろう。
    何も、分からなかった。

    「初めまして。」
    「!!?」
    僕は思わず飛び退いた。突然の声。それも後ろから。
    慌てて振り返る僕。そこには初めて見る変な服を着た一人の女の人が立っていた。
    未来人が着ていそうな銀色一色の服。それに、何故か長靴。
    年は、20歳前後に見える。まだまだ若そうだ。
    そこで気づいた。
    僕は何歳なんだろう。
    僕の脳裏をよぎった疑問を考える間もなく女の人が僕に話しかけてきた。
    「明日は晴れになるでしょう。」
    そして消えた。
    『話しかけてきた』割には一瞬で消えたようだ。それに言ってること意味不明だし。
    ・・・なんか僕、いやに淡白じゃないか?
    うおぉぉ!!?何故だ、何故なんだ!!くらいのノリがほしいのに。
    ・・・いや、だからそういうところが冷めてるんだってば、僕よ。
    ・・も、いいや。なんか虚しくなってきた。

    誰かの声がする。
    さっきの女の人・・・?
    いや、あれは・・・。
    美奈・・・・・?

    「待ってたよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんがここに来るの。ずっと、ずっと待ってたよ。」
    「待ってた・・・?」
    「じゃあ、行こっか。お兄ちゃん!」
    どこへ、と聞く間もなく僕は美奈に手を引くと走り出した。
    「ちょ、ちょっと、美奈!」
    僕の声が聞こえないのか美奈はずっと微笑んだまま走り続けた。
    当然、僕も走り続けなければならないハメになる。手を握られているのだから。
    しかし、不思議だ。
    ちっとも疲れやしない。

    走っている間、僕の周りにはいろいろなモノが僕の視界に飛び込んできた。
    それは家だったり砂漠であったり木であったり。
    さっきの「明日は晴れ」みたいなこと言った女の人も見えた気がする。
    美奈はそういったものには一切目もくれずただただ走り続けた。
    それにしても不思議な感覚だ。全く、疲れない。
    美奈も疲れているようには見えない。一体、ここはどこなんだ?

    「着いたよ、お兄ちゃん!」
    美奈が立ち止まった先には一軒のボロい家が建っていた。
    「ここは・・・僕の家じゃないか。」
    不思議だ。自分の名前はわからないのに美奈のことや自分の家のことは分かるんだから。
    しかし、ボロい家だな。建て替えればいいのに。
    「さ、入ろ?」
    美奈が笑顔で俺を見る。先ほどからこの笑顔が一度も崩れていない。
    悪いが、そこまで僕も馬鹿じゃないよ?美奈。
    この不自然な世界。走っても疲れない世界とくれば相場は決まっている。
    「ここは天国・・・いや、夢、か?」
    美奈の、僕の妹の笑顔が一瞬陰りを見せた。しかし、それもほんの一瞬のことだった。
    「お兄ちゃんにしては鋭いね。でも、残念。不正解だよ。」
    お兄ちゃんにしては、って何だ。にしては、って。
    「じゃあ・・・。」
    僕が次の質問を美奈に言おうとした時、正にちょうどその時だった。
    『空』から冷たい雫が降ってきた。
    何もないはずの、『空』から。
    「・・・ッ!?」
    その冷たい雫は僕の腕に当たったとき、僕の腕はシュウーと音を立てながら溶けていった。
    慌てて俺は上を見る。――そこにはやはり何もない空虚な無しか存在していないようだった。
    そのまま視線を美奈へと移す。美奈は寂しそうな笑顔で俺を見つめていた。
    すでに美奈の髪の毛はこの冷たい雫によってところどころ溶かされていた。
    これは、『酸』か・・・?
    「美奈・・・大丈夫か・・・!?」
    「ゲームオーバーだよ。お兄ちゃん。」
    ゲームオーバー?
    意味を尋ねるその前に僕の意識は途絶えた。

    途絶えた意識の向こうであの女の人が何かを言っている。
    「明日は晴れになるでしょう。」と。





    「美奈。」
    それは私を呼ぶ悪魔の声。
    私はゆっくりと振り返る。
    そこには予想通り私と悪魔の契約をした女の人が立っていた。
    「美奈。これで『あなた』は解放してあげます。」
    女の人が優しそうに微笑むと今まで降っていた冷たい雫が止まった。
    そして冷たい雫によって溶かされた私の身体の部分が修復されていく。
    この冷たい雫は『仮想(バーチャル)』なんだよ、お兄ちゃん。
    「あなたの条件は『相手がキーワード』を発すること。
     そのキーワードは「大丈夫」。あなたはその言葉を発させるのに成功した。」
    私は何も言わない。せめてもの、ささやかな反抗。
    「一つ、教えて下さい。どうしてあなたは啓介の条件だった、
     『自分の家に入る』を達成させようとしたのです?」
    私は答えない。そんなもの、答えるまでもない質問だ。
    「………そうですか。それが、あなたの答えですか。」
    女の人はそう呟くと私を『帰した』。
    この『仮想ゲーム』から、私を『帰して』くれた。
    ・・・お兄ちゃん。
    私は、お兄ちゃんに帰って欲しかったんだよ。
    でも、お兄ちゃんは・・・。
    ・・・・・。

    それは私とお兄ちゃんがお買い物に行っていたとき。
    声をかけてきた女の人がいた。
    その女の人は『仮想ゲーム』の存在を語った。
    現実のような立体感のあるゲーム。
    私はその話に飛びついた。
    私とお兄ちゃんは案内されるがままビルの一室へと向かった。
    そこで私とお兄ちゃんは『仮想』世界の一員となった。
    脱出する方法は条件を満たすこと。
    でもお兄ちゃんは一部の記憶を失い、
    私は制限時間を設けられた。その時間は30分。
    それを過ぎるとあの冷たい雫が降る、と言う仕組みだった。
    私のせいだ。
    私はお兄ちゃんに戻って欲しかった。
    でも、もう遅い。
    お兄ちゃんは『仮想』世界で一生生き続けるんだ・・・。
    空のない、あの寂しい場所で・・・。





    「・・・よ。目、覚めたか?」
    私が目を開くとそこにはお兄ちゃんが立っていた。
    ここは・・・ここは・・・。
    「商店街・・・・・?」
    あの、女の人に話しかけられた場所だ。
    「どうだった?2時間の、夢・・・もとい「催眠の世界」は?」
    催眠の世界・・・・・?
    目をこすりながら立つとお兄ちゃんの隣にはあの女の人がいた。
    私に向かってにっこり微笑む。
    ・・・・・え?
    「怖かったろ?お前の、誕生日プレゼント。」
    ・・・そうだ。
    思い出したぞ・・・!
    「怖い催眠、試してみませんか?」という怪しげなキャッチフレーズのお店があったんだ。
    それでおもしろがったお兄ちゃんが私の誕生日プレゼントとかほざいて私に催眠をかけてもらったんだ・・・!
    全部・・・全部催眠だったのか・・・!
    「いやぁ。お前の寝言は聞いてて楽しかったぞ。ゲームオーバーだよ、お兄ちゃん。は特にな♪
     あ、寝言じゃないのか。催眠言っていうのか・・・な・・・。」
    「お兄ちゃん・・・?」
    「あ・・ハハ・・・その・・だな・・。」
    「許さないぃぃぃ!!!!」
    「い、いや、待て!!話せばわかる!!話せば・・・!!」

    ゴメンナサイーーー!!

        
許すか、馬鹿ばかばかばかばかばかぁぁぁぁ!!!









タナーさん、小説ありがとうございました!
先の読めない展開がとてもおもしろかったです。
ラストでなるほど〜・・といった感じでした。



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