食べる



「ソレ」は舌なめずりをしながらひたすら待っていた。
ソレが何なのか誰にも説明できず、
ソレが何を待っているかは誰にもわからず、
ソレがどうして何かを待っているかと判ったか、それも解らず、
「ソレ」は変わらず待っていた。


7月12日(月) 晴れ

今、ニュースでやっているソレは空気のようだった。
ソレはどこかの県のどこかの町のどこかの倉庫で見つかったのだと報道されている。
バカバカしい。
何なんだ、その「どこかの県のどこかの・・・」って。
映し出されたソレは生きていた。
でも、ソレが何なのか私には分からなかった。
ソレは、空気のようだった。
私はテレビを消した。
そして当分テレビを見ないことにした。


7月13日(火) 快晴

「ソレ」は動き始めた。
倉庫から出た。
そしてリポーターをしている女の首を思い切り掴んだ。
女は気づかない。
そのままソレは女の首を掻きむしった。
引きちぎられた部分から吹き出した血にソレは染まった。
女の胴体は地面に倒れた。
撮影していたカメラマンは判らなかった。
カメラマンやその生中継を見ていた人たちにはリポーターが死んだという事実が判らなかった。
彼らの中で、女のリポーターは生きていた。
ソレは満足気にその様子を眺め、それから女の首を口の中いっぱいに頬張った。
ばりっぼりっ
脳が砕ける音。眼球が潰される音。骨が噛み砕かれる音。
ぼきっはりっむしゃむしゃ
その音はソレにしか理解できなかった。
女はソレの一部になった。
ソレは再び倉庫へと引き返した。
そしてまた何かを待ち始めた。


7月14日(水) 曇り

食べられたはずの女リポーターは死んだが、
世界の人間にとってはまだ生きていた。


7月15日(木) 雨

「何、あれ・・・・・?」
少女は呻いた。
少女には理解できなかった。
何もかもが虚構に見えた。
「あれ・・化け物・・・。」
少女にはテレビ中継されているソレが視えていた。


−同じ頃

「おかしいって・・。誰もいないじゃん。」
ソレの浸食に侵されていない女がまた、一人。
「? 何のことだ?」
「テレビだよ。中継って言ってる割には誰もいないじゃん。」
お父さんは変な物を見るような目つきで私を見た。
「お前・・寝惚けてるんじゃないか?」
見ないと決めていたテレビ。
ソレを見ていたら気持ち悪くなったからだ。
でもリビングのテレビはどうしようもなかった。
「・・・・・。」
何も言わなかった。
お父さん。

マンガでしか起こり得ないような現実かもしれないと思った。

頬を引っ張ったが痛かった。


7月16日(金) 雨

やっと気が付いた。
「どこかの県のどこかの町のどこかの倉庫」なんて報道するわけがない。
ソレはきっと、人の心をおかしくするんだ。
でも誰にも判ってもらえない。
「・・・大丈夫、優(ゆう)?」
なんて親友にまで心配される始末。
誰も、気づいていない。
否、誰も判ってくれない。

ソレは今日も近くを通りがかった男の首を引きちぎって食べた。
倉庫の近くは腐った肉の臭いと血の臭いと死体に群がるハエでいっぱいになっていた。

女リポーターの死に気が付いている人間は誰もいない。


7月17日(土) 雨

3日連続の雨。
少女の憂鬱な気分はちっとも一掃されなかった。


7月18日(日) 雷雨

ソレは動き始めた。
今度は、人間を食べるためなどではなく。
待ち続けた"もの"が来ないことに業を煮やしたソレが自ら向かおうと。
雷の音が轟く中にソレの姿があった。


7月19日(月) 雨

ソレはある一軒家を目指していた。

廻る。

「・・やはり、来たか。」
その一軒家に住む男は窓からソレを眺めた。
男は眼を閉じて何かを考え込んでいる様子だった。
「遥香!お前は絶対に外に出るんじゃないぞ!いいな!?」
後ろで本を読んでいる少女に向かって怒鳴った。
少女はビクッと震えてそれから怖々と頷いた。
(絶対に娘は渡さん・・・!)

廻る。

俺は為す術もなく喰われた。


ピンポーン

「・・・・・。」

ピンポーン

「・・・・・。」
「お父さんだよ!開けてくれ!」
今、窓の外で首だけ・・・首だけ・・・
今、声を発した化け物が食べた。
お父さんを。優しいお父さんを。
化け物が。食べた。首だけ。首を。
お父さんを。嫌だ。
嘘だ。嘘だあああああ!!
がちゃがちゃとせわしなくドアノブを回す。
いやだ、いやだ、いやだ、イヤだ、イやだ、恐いこわいわわいわわこわいあわいわあああ!!
「・・・・・。」
音がしなくなった。
少女はおそるおそる窓から外を覗いた。
「きゃああぁぁああ!!!」
化け物が。化け物。化け物、化け物ががっがががががががが!!!

死骸が二つ、転がった。

ソレはまた動き始めた。


7月20日(火) 晴れ

梅雨明けが宣言された。


7月21日(水) 快晴

やだ・・・やだ・・・
なんでテレビでみたソレが私の目の前で大きな口開けて私を食べようとしてんのよ・・・!!?
「来ないで!!」
私は机の上にあったカッターナイフを掴んで刃を出すとそのままソレに向かって投げつけた。
ソレは美味しそうにカッターを食べてしまった。
「う・・・そ・・・。」
地面にへたへたと倒れ込むのが自分でもわかった。
死ぬんだ。食べられるんだ。殺される。
まだ10数年しか生きてないのに。死ぬ。やだよ。まだ死にたくないよ。やだよ・・・!

ソレは優の首に牙をあてた。
優はヒッと息を呑んだ。
ソレはゆっくり牙に力を込める。
優は徐々に現れる痛みのせいかそれとも恐怖のせいか涙が頬を伝っていた。
牙が皮に食い込む。紅い血の筋が首筋を滴る。
ソレはゆっくり時間をかけて牙を食い込ませた。
ブシューーーと嫌な音がする。
首はそのままソレの体内へと落ちていった。
次にソレは普段は食べない胴体までも美味しそうに手をかけた。
指一本ずつをきれいに舐め上げむしゃりと食べた。
乳房には興味を示さずソレはそのまま心臓ごと食い破った。
ソレの顔にまた血飛沫がかかる。
ソレは臓器を次々に取り出しては口に放り投げていった。
最後に足を食べ終えるとソレは、

ソレは優になった。

「・・・くすっ。悪くないじゃん。この身体も。」
優の声。
「あの男が私を空気みたいな存在にしちゃうから苦労したよ。全く。」
ソレは「ソレ」という存在に変えられた。
宇宙の彼方から落ちてきた人間とは異種族の存在。
ソレの正体。
「遥香って呼ばれてた私の身体も食べたし・・・新しい素質のある肉体も手に入れた。」
優の声をしたソレは嬉しそうに笑った。
「さーて、と。待っててね。」










ぜんぶ、喰べて喰べて喰べ尽くしてあげるから







end





タナーさんから、暑中見舞いに頂きました。
読んでいて本当に肝を冷やしました・・・・。
狂乱の描写とか・・本当に上手です。



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